Sweeten

 「おはよ。起きた?」
 「・・・・うん。あ、雨なの?」
 「春雨っぽい静かな雨。秋雨でもいいのかな」
 自宅から南に約二時間。特にこれと言ったものもなく、知り合いが一人もいない街。昨日から私は彬良と、この街のシティホテルにお泊まりデート。 デートというより、逢い引きという言葉を使いたい。そんな気分。
 「雨か・・・・何かもったいないな」
 「そう?人目を憚らずに腕を組んで歩けるよ。相合い傘だから」
 「うふふ、そっか。そうだね」
 彬良は、逢えば必ず私が嬉しくなるような事を言ってくれる。
 「そのシャツ、カッコイイね。すごく似合ってる」
 「キレイなピアス。今度、僕もプレゼントするよ」
 「今日の口紅、キスしたくなる色だね」
 自惚れや自信過剰ではなく、彬良が私を褒めてくれる時はお世辞やゴマすりは一つもない。本当にそう思うから口に出す。 思わなければ初めから言わない。彬良はそういう人。
 
 「郁子さんって、相変わらず肌がキレイだよね」
 「そう?」
 「うん。キレイはキレイなんだけど・・・・それよりも僕の肌と相性がいい」
 「それは彬良が若いからよ」
 「若ければ若いほど、女の人が欲しがる肌になるんだろうけど」
 「この前、友達の家に遊びに行ったの。2歳のおちびさんがいてね、肌なんか、もうスベスベよ。ずっと触ってたわ」
 「郁子さんは、肌の相性って信じない?」
 「うーん・・・・考えた事ないかも。男の人って、女より肌がキレイだったりするじゃない」
 「郁子さんの肌は僕を吸い寄せる」
 「なぁに、それ?」
 「肌と肌が吸い付くって言うのかな。ピトッと違和感なく合わせられる」
 「もち肌と言われた事はないなぁ」
 「だから、僕と郁子さんの相性がいいって事だよ」
 「そうなんだ」
 「そうだよ。だって彼女の方が郁子さんより若いのに、そう思った事はないもん」
 弟よりさらに4つ下の彬良には、彬良と同じ年の彼女がいる。
 「彼女とはうまくいってる?」
 「フツーだよ。イジワルだね、郁子さん」
 「ん?」
 「彼女の話はタブーだよ」
 「自分から言い出したクセに」
 怒ったフリをして頬を膨らませる私。素肌のまま、シーツの中でじゃれ合う私たち。
 彬良との時間は、例えがたい甘い時間。
 「お腹空いた」
 「チェックアウトして、ゴハン食べに行こうか」
 「お昼は僕のオゴリ。何でも好きな物を食べさせてあげるよ」
 「バイト代が入ったんだ」
 「そう。だから、ちょっとだけリッチマン」
 「何にしようかな・・・・・おいしい手打ちのうどんが食べたい」
 「うどん?もっと高いのでいいよ」
 「ばかね。高い物はどこにでもあるけど、おいしい物はそうそうないのよ。それに私のリクエストは、 手打ちのうどんよ。手・打・ち」
 「そっか。郁子さんの言うとおりだね」
 「でも、彬良と一緒なら駅の立ち食いソバでも私は十分よ」
 「今の立ち食いソバは、あなどれないよ。結構おいしいんだから。それにしてもさ、どうして貴女は僕が嬉しくなるような 事を言ってくれちゃうかな」
 「意識してるつもりはないけど・・・・彬良が私にそうしてくれるから」
 「僕が?」
 「そう。さっきも雨だから人目をはばからずに相合い傘で腕を組んで歩けるって言ってくれた」
 「嬉しがらせるために言ったんじゃなくて、僕がそうしたいだけだよ」
 「でも、私は嬉しかったの」
 「仲良しって事だね、僕たち」
 笑い合って口唇を重ねる私と彬良。仔猫のように戯れる私と彬良。
 
 「ねぇ、私との時間って彬良にとってどんなもの?」
 「うーん・・・・ちょっとカッコつけて言うなら、スウィートかな。大学、バイト、友達、彼女、親、僕の周りにあるものにある 価値観が一切必要なくて、笑っていられる時間。郁子さんは?」
 「うふふ、彬良と同じ。あまりにも同じでびっくりしちゃった」
 「だから、僕たちは仲良しなんだってば」
 「本当にそうみたいね。さ、着替えておいしいうどん屋さんを探しに行こうか」
 「午後はどうするの?」
 「夕方まで平気かな」
 「晩ご飯は、どうするの?」
 「何だか面倒だから、どこかに食べに行こうかな」
 「そんな日もあるね。じゃ、今日はダブルヘッダーだ」
 彬良がいたずらを見つけられるのを、ワクワクしながら待つ子供のような目で私を見る。
 そう、私には2年前から「人妻」という肩書きがついている。
 彼がイヤになったから、彬良と逢っているわけじゃない。彼の事は、ちゃんと今でも愛してる。彼も私を愛してくれている。
 彼という安心があるから、彬良と笑っていられる。彬良という甘い時間があるから、彼に優しくできる。
 良識のある人たちには、到底理解できない事。きっとそういう人たちに私は、ふしだらな女と言われてしまうのだろう。
 でも、どちらも私には必要な存在。
 
 化粧を終えバスルームのドアを開けると、彬良が灰皿にタバコを消した。
 「行こうか」
 「今日は夜まで雨みたいだから、ずっと腕を組んでいられるよ」
 彬良は、本当に私を嬉しくさせてくれる。
 私たちは腕を組んで、そっとホテルのドアを閉めた。
 
 
 
 
 
                                  f i n
 
 
 
 
 
 

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