制服がなく、エスカレーター式に行ける併設の大学と短大は有名所、と来ればそれだけで
うちの高校は受験生に人気がある。加えて言うなら、全国屈指の国立大への進学率は毎年上位にランキングしている。
その中身はというと、自由校風、個人尊重主義で集団行動が少なく、1人でいるから仲間はずれという感覚は私たちの中には全くなかった。
ちなみに、併設の大学は道路向かいにあったりするから、高校に入ってすぐに大学生の彼、彼女持ちになれる事もうちではそれほどめずらしい事ではない。
とってもラフなのに、とっても進学校な、競争率も偏差値も高いこの高校に私もよく合格したものだと思う。
人間関係のわずらわしさが極端に少ないこの高校生生活も今年で3年目。普段の私は、裕介と智也とよく3人でいた。
私と裕介は1年の頃からのクラスメイトで、智也とは2年の時から同じクラスになった。
智也は2年になるときに1年休学してアメリカに留学していたから、私と裕介より1つ年上だった。いつも口数が少なく本音を言わないような智也だったけれど、私は智也が好きだった。
放課後の図書室で私と裕介は智也を待っていた。3人で帰ろうと約束をしていなくても、特別な用がない限り教室や図書室で抜けている誰かを待っているのが私たちの毎日だった。
「オレさ、先週・・・お姉と別れたんだよね」
「え?!」
お姉というのは裕介の年上の彼女で、うちの併設の大学の2年生だった。裕介は半年くらい前からそのお姉と付き合っていた。
「どうしてよ?!うまくいってたんじゃないの?」
「いってたよ・・・・ついでにもう1人の男ともうまくいってた」
「二股?」
「そういう事。オレと向こうの男でどっちが先かは知らねーけどさ。オレは・・・・結構本気だったんだけどなぁ」
「ムカツク、その女。何なのよ、頭に来る。ケータイの番号教えてよ。文句言ってやる」
「いいよ、しのぶ」
「私の気が収まらないの。人の気持ちをわかってて弄ぶなんて、サイッテーよ。番号を教えてくれないならいいわよ。今から大学に行って、公衆の面前で二股女ってぶちまいてやるから」
「お前、名前のわりにアツイ女だよな」
「何言ってんの?!裕介、本気だったんでしょ?裕介がよくても、私がよくないっ!」
「だから、いいって。オレも落ち着いてきたしさ。それに今更お姉に何か言ったところで、何も変わりゃしねーよ。寄りを戻すつもりはオレもないし」
「そんな女と寄りなんて戻さなくていいよ。私、今から行って来る」
「今日は3限までだから、もういねーって」
「だって・・・」
立ち上がった私の腕を裕介が掴んだ。
「いいって、ホント。サンキュ、しのぶ」
無理に笑う裕介の気持ちを思うと、私はそのお姉の事が心底腹立だしい。
私の腕を掴んだまま、ガタンと音を立てて立ち上がった裕介に私は抱きすくめられた。
「裕介・・・・」
「別に変な意味はないんだ・・・今だけ、ちょっとだけこのままでいさせてくれよ・・・」
いつも明るくておふざけ調子の裕介のこんな姿を見るのは初めてだった。裕介は本気でお姉の事が好きだった。いつもお姉の事を嬉しそうに私や智也に話していた。
なのに、なのにお姉は・・・・最低な女。
誰もいない図書室には、夕方に近い日射しと外の部活の声だけだった。
「・・・・裕介、元気だそうね」
「ああ・・・・そうだな」
私と裕介は、じっと動かないまま短い言葉を交わした。
その時、ガラッと図書室の戸が開いた。智也だった。
智也は私と裕介を見ると、じゃ、と一言だけ言って戸を閉めて行ってしまった。智也の顔には驚きの表情すらなく、いつもの無表情に近いものだけだった。
「まずいトコ、見られちったな。ごめんな、しのぶ」
「え?」
「お前、智也が好きなんだろ?」
「え、あ・・・いや・・・私は別に・・・・」
「お前、オレの事バカにしてんの?そんなのずっと前から知ってたって。本当はオレが行って弁解しなきゃいけないんだけどさ、今はその気力がなくて。悪ぃけど、今はお前だけ行って」
「私は・・・」
「ばーか、早く行けよ。智也には夜電話するから。今はカンベンしてな。ほら、早く行けって」
やっといつもの笑顔を見せてくれた裕介に背中を押され、私は図書館を出た。歩くのが速い智也に追いつくために私は走った。
「智也ぁ」
私が名前を呼ぶと智也は何だ?というような顔で振り返った。
「さっきの・・・あれはね・・・何て言うかな・・・そういうラブラブなものじゃなくて」
智也はまた無表情に歩き出したので、私は智也の右側を並んで歩いた。
「あのね、裕介・・・・お姉に二股かけられてて・・・先週別れたんだって・・・」
「あ、そう」
「あ、そうって・・・・智也・・・」
「裕介の様子が違うって、お前気付かなかったの?」
「智也、知ってたの?」
「知らないよ。ただ・・・最近、裕介が変だなって思ってただけ」
「私、全然気付かなかった・・・・裕介さ、お姉の事、本当に好きで・・・落ち着いたって言ってたけど、まだつらいらしくて」
「そうだろうな」
「あんな裕介、初めて見た・・・・たまたま一緒にいたのが私だっただけで・・・・だから・・・・あれは・・・・」
背の高い智也の顔を上目遣いにそっと見ると、さっきと変わらない無表情だった。
「どうしようもなくって、誰かにすがりたい時ってあるでしょ?誰でもいいからって・・・・」
「お前だからだよ。誰でもいいわけじゃない」
「だ、だから・・・・あれは、そういう意味じゃなくて・・・・」
「しのぶが裕介に信用されてるって事さ」
智也が私の顔を見て笑った。
「そうなのかな」
「そうさ」
「うん」
智也に誤解されていなかった事、裕介に信用されていると言われた事。私はすごく嬉しかった。
「裕介が、夜電話するって」
「ああ」
私はちょっとドキドキしたけど、黙って智也の手を握った。が、すぐにふりほどかれてしまった。あ・・・・と思っていると、智也から
私の手を握ってきた。
「こっちの握り方のほうが楽だから」
智也は相変わらず無表情のまま、歩く方を見て言った。
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