penguin cafe

 物音がして昼寝から目が覚めると、テーブルの傍に少し大きめのペンギンのぬいぐるみがあった。
 どうしてそんな物が?と思ったけれど、まだ眠くて頭が働かないでいた。
 「あ、起きた?タバコもらっちゃったよ」
 ふいに声を掛けられ、私は驚いてガバッと起き上がった。
 「お邪魔してまっす」
 はい?!ぬいぐるみがしゃべってる・・・・・そして、私のタバコを吸ってる・・・・・?!
 あ・・・・・そう言えばこの前、寝坊して会社に遅刻しそうになってるリアルな夢を見たっけ。遅刻の次は しゃべってタバコを吸うペンギンのぬいぐるみ・・・・・私、かなり疲れてるんだ。
 「何、ボーっとしてるの?」
 「別に」
 「びっくりした?」
 「そりゃ、するでしょ」
 でも、夢にしちゃリアル。だいたい夢の中でこんなに客観的になるもの?
 「起こすつもりはなかったんだけど、ごめんね」
 そう言ってペンギンは、ふーっと煙を吐いた。
 「ところでアンタ、誰?」
 「ペンギン」
 「そんなの見りゃわかるでしょ。名前を訊いてるのよ」
 「好きに呼んでいいよ」
 「ああ、そう。別にアンタの名前が何だっていいけど、どうしてここにいるのよ?」
 「今、休憩時間なの」
 「休憩時間?何の?」
 「見てわかんないかな?どう見たって、ボク、カフェの店員でしょ?」
 「かふぇのてんいん?」
 「そうだよ。ペンギン カフェの店員」
 「ああ、そう。それはお疲れさま」
 「ね、もしかしてキミさ・・・・・」
 「何よ?」
 「これは夢だ、なんて思ってるわけじゃないよね?」
 ペンギンは短くなったタバコを灰皿に消した。私はその仕草を見つめたまま、何も言えなかった。
 「言っておくけど、これは夢じゃないよ。もう1本タバコちょうだい。休憩時間じゃないと吸えないから」
 「・・・・・夢じゃないって・・・・・」
 ペンギンは新しいタバコに火を着け、満足そうに煙を吐いた。
 「夢じゃないよ。だって、キミ、起きてるでしょ?」
 「こんなの夢に決まってるでしょ?!私は、目が覚めた夢を見た。だから、これはまだ夢の中の事でしょ?だいたい、 ぬいぐるみかと思ったら本物のペンギンで、それがしゃべって、ついでに私のタバコを吸ってる。これが夢じゃなくて何なの?! こんな事フツーにある事じゃないでしょ?!ありえないって!」
 「キミのフツーって何?」
 「フツーはフツーよ。一般常識よ」
 フツーねぇ、とペンギンは私に呆れたようにタバコを吸っている。
 「キミの一般常識は間違ってないかもしれないけど、キミはどれだけの事を知ってるの?」
 「どういう意味よ?」
 「キミが知ってる事が全てじゃないって事だよ」
 「わかってるわよ」
 「なら、ボクは、現実に、キミの前に、いる。わかったでしょ?」
 「わかんない」
 「金魚鉢の金魚はかわいそうって思わないけど、かごの中の鳥はかわいそうって勝手に決めつけるタイプだよね、きっと」
 「何よ、それ?」
 「ま、いっか。ボク、そろそろ行かなきゃ。また来るね。あ、今度はコーヒーくらい入れてよ。カフェの店員やってると、人に入れてもらう コーヒーがおいしく思えちゃうんだよね。じゃあ、またね」
 そう言って、ペンギンは帰って行った。
 最近仕事がハンパじゃなく忙しいし、昨日も休日出勤したし。疲れてるんだ。きっとそうだ。私は、そう思う事にした。
 
 でも、夢じゃなかった。
 それ以来、ペンギンは時々部屋に来るようになった。そして私は、その夢のような事実をフツーに受け入れていった。
 「エリちゃん、早くコーヒー入れてよ。焼き立てのペンギンカフェ特製ホットケーキを持ってきたからさ」
 「はいはい」
 「あ、インスタントコーヒーはダメだからね。ちゃんと入れてよ」
 ヤツは注文が多い。
 「はい、どうぞ。こんな時間に来るなんて、ギン太もう仕事は終わり?」
 「うん、今日は終わり。あとでペペロンチーノ作ってね」
 「図々しいペンギンね。あー、このホットケーキ、すっごいおいしい!また持って来てよ」
 「いいよ」
 私はペンギンをギン太と呼ぶ事にした。ペンギンだから、ギン太。
 ギン太は、センスがなくていいね、と笑っていたけれど、気に入ってるようだった。
 一緒にTVを見たり、お互いのグチを言い合ったり。私はギン太といて楽しかった。
 どうしても観たいけど、怖くて一人では観れないホラー映画のビデオもギン太と一緒だったら平気だった。
 彼と別れてから今ひとつ彩りに欠けていたような私の生活にギン太は色を添えてくれる存在だった。 友達にも言えないような事もギン太になら、すんなり言えた。
 
 ギン太が私の部屋に来るようになって1年ほど経った頃だった。
 いつものように現れたギン太だったけれど、いつもより口数が少なかった。
 「どうしたの、ギン太?どこか具合が悪いの?」
 「ううん、平気だよ・・・・・エリちゃん、これあげる」
 ギン太がコトンと置いた物は、ガラスでできた小さなペンギンだった。
 「あははは、ギン太そっくりだね」
 「ペンギンカフェのオリジナルだよ。ちゃんとエプロンもしてるでしょ?」
 「うん、エプロンにpenguin cafeってちゃんとロゴが入ってるね。ありがと」
 「・・・・・うん」
 「どうしたのよ、ギン太?元気ないよ。店長に叱られた?」
 「ううん、そうじゃないよ。あのね、ボク・・・・・もう、エリちゃんのトコに来れない・・・・・と思う」
 「どうして?」
 「ボクね・・・・・お嫁さんをもらう事になったんだ」
 「ギン太、結婚するの?!おめでとう!」
 「・・・・・うん、ありがと」
 「おめでたいのに、どうしてそんなに暗い顔してんのよ?」
 「だってさ・・・・・お嫁さんがいるのに、エリちゃんのトコに来てたら・・・・・不倫になっちゃう」
 「不倫?!アンタ、いつから私の彼になったのよ?」
 「それは、そうだけどさ・・・・・」
 「ギン太が来なくなっちゃうのは淋しいけど、ギン太が幸せになるんだもん。その方がずっと大きい事よ。ね、ギン太、 私たちは友達でしょ?友達は何があっても友達。私とギン太は、ずっと友達。違う?」
 「うん。ありがと、エリちゃん」
 ギン太は笑っていたけれど、涙をポロポロこぼしていた。
 「泣くな、ギン太。そのうちさ、ギン太のお嫁さんも連れておいでよ。私とギン太が友達なら、ギン太のお嫁さんと私も友達って事だよ」
 「うん。エリちゃん、大好き」
 「私もギン太の事、大好きだよ。ねぇ、ギン太、もし私が引越たら、ギン太はどうなるの?遊びに来れなくなるの?」
 「大丈夫だよ。たまたま、ペンギンカフェとこの部屋がつながってたけど、そのガラスのペンギンをエリちゃんが持ってれば、ボクはエリちゃんのトコに来れるよ」
 「ふーん。よくわかんないけど、ずっとここにいなきゃいけないってわけじゃないのね?」
 「エリちゃんはエリちゃんの人生を、自分で縛り付けないで自由に生きていけばいいんだよ」
 「ナマイキ、言っちゃって。そかそか、しばらくギン太とバイバイか。じゃ、今日はエリちゃん特製のカルボナーラを作ってあげる」
 「じゃ、コーヒーはボクが入れてあげる」
 「そう言えば、ギン太にコーヒー入れてもらった事ってなかったよね」
 いつもと変わらない時間を過ごし、疲れた時に食べてね、とカラフルなコンペイトウがたくさん入った袋を置いて、ギン太はいつものように、またね、と帰って行った。
 
 あれから2年。
 私は結婚し、部屋も変わった。
 ギン太が置いていったガラスのペンギンは、リビングの棚にちょこんとのっている。
 「今日は、どこかに出掛ける?」
 ソファで新聞を読んでいるダンナ様に、私はキッチンから声を掛けた。
 「今日は家にいるつもりだけど?あ、あれ食べたいなぁ」
 「出掛けないなら、作ってあげようか?」
 「エリのじゃ、ダメ」
 「失礼ね」
 悔しいけど、否定はできない。
 「お邪魔しまっす。持ってきたよ、ペンギンカフェ特製ホットケーキ」
 「おう、ギン太。グッドタイミングだよ」
 「へへへ。エリちゃん、コーヒー入れて」
 「はいはい」
 ダンナ様は、ギン太の存在を初めからごくフツーに受け入れていた。
 ギン太はもうパパ。だから、今はギン太ファミリーとお付き合い。
 「ねぇ、店長がね、今度エリちゃんとヒロさんをカフェにご招待って言ってるんだけど?」
 「行くわよ、もちろん。当たり前じゃない」
 カウンター越しに、私は満面の笑みで答えた。
 
 
 
 
 
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