溺れる魚 

 「ミサキさんって、本当に彼氏いないんですか?」
 「ん?いないよ」
 「作らないんですか?」
 「別に、作らないとか、そういんじゃないんだけど、ね。私と付き合う度胸のある人がいたら紹介してね」
 「もったいないなぁ。ミサキさんキレイなのに」
 一緒にランチに出たエミちゃんが無邪気に私に言った。
 「彼氏が出来たら、紹介してくださいね」
 「どうしてよ?」
 「だって、ミサキさんの彼氏だったら絶対にカッコよさそうだもん」
 「なにそれ?」
 「何かね、そんな気がする。ううん、カッコイイはず」
 「はいはい、その時はね」
 「エミちゃんだって、彼が出来たら私にも紹介してよ」
 「出来たらね。当分、無理無理」
 エミちゃんとこんな会話をするのは、もう何度目だろうか。
 「ミサキさ、そろそろ恋愛してもいいんじゃないの?うちのダンナも心配してるよ」
 「夫婦揃って何よ?」
 「アンタにはアンタの事情や理由があるんだろうけど、頑なにならなくてもいいんじゃないかって事よ」
 「別に頑なになってませんけど?」
 「仕事の時くらいに強気になってみればいいいのに」
 「暫く恋愛はいいよ。もう傷つくのイヤだもん」
 「まだ引きずってるの?もう吹っ切れたのかと思ってたけど」
 「確かに多少のトラウマにはなってるけど、引きずってるっていうのとは違うかな。とにかく、男がらみで傷ついたり泣いたりするのがもうイヤなの」
 「・・・・そう」
 「でも、もう絶対に恋愛しないとか、そんな風には考えてないよ。今はこれだ!って人がいないだけ。そのうち甘々の惚気話しちゃうかもよ」
 「なるべく早く頼むよ」
 もう1本飲むでしょ?とヒロが冷蔵庫からビールを出してきた。
 「うん。これ飲んだら、帰るわ」
 「泊まっていけばいいじゃない?明日は休みなんだし」
 「明日、雨らしいじゃない?雨の中帰るのは面倒だから今日は帰るよ。今度また泊まりに来るから」
 「うちのダンナさま、ミサキに惚れてるからさ、今度3人で飲もうよ」
 「私もノリちゃん好きだよ」
 ヒロがノリちゃんと結婚する1年程前に私が先に結婚をした。
 でも、人妻生活は3年くらいで終わってしまった。彼と本当にさよならをする時は、さっぱりした気分だった。だけど、少なからず私の中に男性不信は残ったのは事実だった。
 ヒロにも話していないけれど、離婚をしてから一度も恋愛をしてない訳ではなかった。
 初めからそんなつもりではなかったのかもしれないし、私にもその責任はあったのかも知れないけれど、その彼の言動に私は不信感をずっと持っていた。好きだけれど信用はできない、そんな感じの人だった。
 そんな情けない関係が恥ずかしくて誰にも言えなかった。言った所で、もうやめなよと言われるのもわかっていたし。
 それでもその頃は、彼が好きだった。ただ好きだった。今度逢ったら彼が変わるかもしれないなどと、ばかな期待もしていた。
 そうならない事は承知で、次第に期待すらなくなり、最後はどうでもよくなってしまい逢う事をやめた。
 今思えば、とてもくだらない体裁屋の彼だった。
 そんな彼が私の中に残してくれたのは、より一層のコンプレックスと男性不信というか、恋愛を避けるようになった私だった。

 目が覚めると雨だった。雨音で目が覚めたのかもしれない。
 起き上がりもせず、ぼんやりと夢の中の事を思い出していた。
 彼は私が恥ずかしくなるほどまっすぐに私をみて、好きだと言ってくれた。私も彼の事が好きだったけれど、素直に好きだと言えずに視線を逸らしてしまった。
 そんな私に彼は腕をまわし、強く抱きしめてくれた。
 まわされた腕の強さに私は例え難い安堵感を覚え、そして私も彼を抱きしめた。
 そういえばあの彼は誰だったんだろう・・・?
 朧気な記憶を辿り、私は笑ってしまった。その彼は、好きだなと思っていた俳優だったのだから。
 私、欲求不満?と思いながらも、夢の中の幸せの余韻に浸っていた。
 もう傷つくのはイヤだからと強がって笑い飛ばしてみる。そんな時の人目に映る私はたいして気にも留めていないように見えるだろう。
 そういった私の中に残る臆病さと自信のなさは誰にも見せていない。
 隣りに誰か、重心を傾けて寄りかかれる人がいてくれたら・・・・
 何度もそんな事を思った。
 怖がっているくせに、寄りかかれる人を望む私。
 何のためらいもなく私が腕をまわせるような人を望む私。
 そんな人なんかいないのに・・・・
 そんな事、わかってる。わかってるけど・・・・
 矛盾する自分が情けなくて、惨めだった。
 毛布を握り締め下唇を噛み、湧き上がった淋しさと不安を押し鎮める事しかできない自分がひどく可哀想だった。
 つい先程までの幸せの余韻は、跡形もなくなっていた。  
 
 
 
 
 

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