「こんにちわ。今度こちらに引っ越してきた参りました小林です」 「どうも。佐藤と申します。こちらこそよろしく」 「それにしてもここは、すばらしい眺めですね。海も緑も本当にすばらしい」 「そうですね。以前は、どちらに?」 「×○団地です。古い団地でしたらから、窓から見えるのは近くの棟くらいなもんで。馴れてしまえばそういうものだと思いますが、ここへ引っ越してきてみるとやはり味気ないものだったと思いますよ。佐藤さんは?」 「私は△×町です。駅からバスで20分ほど行った住宅街の方でした」 「こんにちわ」 「おや、鈴木さん、こんにちわ。こちら、今度引越して来られた小林さん」 「小林です。どうぞ、よろしく」 「こちらこそ、仲良くしてくださいね。出掛ける用がございますので、今日のところはご挨拶だけで失礼させてくださいね」 「はい。では、いってらっしゃい」 「では、失礼します」 「おきれいな方ですね」 「ええ、鈴木さんはここでも評判の美人さんですよ。でもね、もっと美人さんがいるんですよ」「ほお」 「松島さんのところのお嬢さんなんですけどね、本当に美人さんで。性格も明るくてきちんとしてるし。言う事なしのお嬢さんですよ」 「それは、それは。一度お会いしたいものですな」 「そのうち顔を合わせるでしょう。女優さんのような美人ですから、一目見ればわかりますよ。この通りの奥から2番目ですから、よくここも通りますし」 「お住いまで奥ゆかしい」 「ところで小林さん、奥さんは?」 「ああ、病院を出たり入ったりですよ。家の者もそれで大分疲れてしまいましてね。あっちが痛いだの、こっちがかゆいだの。大変でしたよ」 「うちの親もそうでしたね。嫁がせっせと世話してるのに悪態ついて。ある日、嫁宛に差出人の名前がない手紙が届いたんですよ。宛名は汚い字だったし、嫁は気味悪がって私に開封させたんですよ」 「おや、それで?」 「なんと差出人は、入院してる私の母親でした。看護婦さんに頼んで出してもらったんでしょうな」 「手紙には何と?」 「これまた汚い字で、いつもありがとう。寒いから風邪ひかないように、って。嫁、ボロボロ泣いてましたね」 「いいご家族をお持ちだ。ところで、佐藤さんはいつからこちらに?」 「去年。あそこの紅葉の木が色づき始めた頃でした。いやぁ、見事でしたよ」 「そうなんですか。では、またここの楽しみが増えましたな。でも、あの木の下の看板はちょっといただけませんね」 「ああ、あれですか?もう少ししたら、なくなるんじゃないですかね。先日も営業マンが見学客を連れて来てたし。ここも空きが残り少ないですからね」 |