あの方は今私をどうお思いになっているのだろう・・・
何度、この問いをしただろうか。そして何度溜息をついただろう。
その答えはわかっている。
もうあの方は私を愛してはくれない・・・
人は私の姿を野獣のような毛に身を包み、こうもりのような翼をつけていると思っている。
そして、不安と恐怖の闇の世界を作り上げようとしていると。
ばかばかしい。いつ私がそんな姿をして現れたというのだ。
私の姿はあの方に与えて頂いたままだし、闇の世界にも興味などない。
闇の世界に興じているのは私ではなく、あの方に背こうとしている愚かなベゼルバブたちだというのに。
だが、どんな風に思われようと今の私にはどうでもいい事だ。
私は闇の玉座でただそれを眺めているだけ。
恐らく今でも私にはあの闇好きの愚か者たちを消し去る力はあるだろう。
しかし、世界が闇や混沌になろうとなるまいと私には関係ない。
もし・・・もしも、私がベゼルバブたちを消し去ったなら、あの方はもう一度私に手を差し伸べてくれるだろうか?
人は私が自分の英知と美を驕り、神になるべきは我とあの方に反逆したと思っている。
私が神になってどうすると言うのだ。
全てを支配する事など、私にはたいして価値のある事ではないのに。
私は、あの方が私に与えてくださった英知を美を誇りに思っている。
そして、あの方を越えようなどと思った事は一度たりともない。
あの方が私を愛してくださったから、私は全てを愛せた。
あの方のお力になれる事が私の喜びだった。
あの方のお傍にいる事が私の幸福だった。
そして、それは永遠のものだと思っていた。
そう、あの子がいなければ・・・
あの方と戯れるあの子を見て、私は初めて”嫉妬”という感情を感じた。
私は自分の愚かな感情に苦しんだ。
ある日、あの方は私たちをお集めになりおっしゃられた。
「地上が混沌に満ちようとする時、この子を私の子として地上に降ろす。
お前たちはこの子の力になってほしい」
私たちはあの方のお言葉に従う意を表した。
あの方は私たちの返事に満足し、いつもの慈愛に満ちた笑みを浮かべられた。
私は・・・私は単にあの子があの方のお傍から離れるという事実に安堵した。
あの子さえいなければ、私の心に愚かな炎は生まれはしない。
あの方のためならば、あの子の力になろう。
しかし、私の心は一瞬にして蒼い烈火の如く堕ちた。
話を終えられたあの方は、あの子を抱き上げられた。
小さな手であの方の御衣をしっかりと掴み、あの子は私たちの方を見てにっこりと笑った。
愚かな私にはあの子の笑みが幼子の笑みには見えなかった。
それは、私の愚情が生み出した誤解だったのだろうか・・・
私にはあの方の寵愛を独占できた優越感に満ちた笑みにしか見えなかったのだ。
御前を引き上げ、愚かな心の炎に苦しむ私の心を悟り、
「あの子は私たちと役割が違う。あの方は全てを平等に愛しておられる」と
戒めてくれた友の手を振り払った私は、何と浅はかだったのだろう。
我が友、ミカエルよ。
私を憐れまないでほしい。
憐れむくらいなら、愚か者と蔑んでほしい。
そう、私は堕ちた天使。
名はルシファー・・・
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