「もう、紅葉の時期なんだね」
ユミさんは壁に掛かったもみじが描かれた手ぬぐいを見て言った。
「夏の終わりなんてあっという間だよね。夏が終わっちゃうな、淋しいな、なんて思っているうちに気付いたら秋なんだもん」
「でも、秋になったら食べ物もおいしくなるよ」
「そう、そう、そうなのよ。太らないように気をつけないと。と、言いつつ、お酒のおかわりっと」
「飲みすぎは太りますよ」
「だって、このお店、何を頼んでもおいしいし、お酒もおいしいし。うん、今、私すごく幸せだわ」
残りの少ないグラスに目を落としてユミさんは言った。
「会社の女の子に教えてもらったお店なんだ。すごくおいしいお店だって、その子は大絶賛だったよ」
「いいわよ、このお店。おいしいし、内装もシンプルなのにおしゃれだし。すごくいい感じ」
「おや、お仕事目線ですか?」
「あのね、どこに何があるかわからないんだし、それが何に繋がるかもわからないんだから、常にアンテナピンピンでなきゃいけないの?わかる?」
両手の人差し指をツノのように頭の上で立ててみせる彼女のお仕事はインテリアデザイナー。古い言い方をするなら、ちゃんと事務所を構えた一国一城の主。
「ね、このお店を教えてくれた子って、かわいい?」
「うーん、そうだな・・・・キレイかかわいいかって分けるなら、キレイさんかな」
「ふーん・・・・」
「どうして?」
「別に・・・・会社にさ、マサト好みのかわいい子とかキレイな子っているの?」
「いないわけじゃないけど・・・・気になる?」
「それは、それなりにね」
「どうして?」
「だってさ、マサトの会社の女の子たちと比べたら、私なんてトゲトゲの年増女だもの」
「そんな事はないよ。それを言ったら、僕だって同じだよ」
「そお?」
「そうさ。ユミさんの仕事仲間にだって、カッコ良くて仕事がデキちゃう人っているわけだし」
「そうそう、いるのよ。普段はラフなカッコして仕事してるのに、ちょいとマジメな集まりなんかでスーツ姿なんて見せられちゃうと、ちょっとぉ、いつの間にこんなイイ男になっちゃったワケ?みたいな。私、スーツ男に弱いから」
うふふ、と嬉しそうに笑う彼女。見知らぬ仕事仲間に僕はヤキモチ。
「ふーん・・・・じゃ、僕もユミさんの業界に転職しようかな」
「ダメダメ」
「どうして?」
「私ね、仕事中はコワイのよ。事務所じゃ、そういわれてる。仕事人って。そんなコワイ鬼姿なんてマサトに見られたくないし、人づてにそんな話も聞かれたくないもの」
「へぇ、そうか。仕事の鬼か」
「仕方ないのよ。自営業ですから、信用と実績が第一なので。もう、仕事の話はヤメヤメ。マサトといる時は仕事人じゃないの。フツーのちょっと年増の女の子でいたいの」
「大丈夫だよ。人にいじわるをしてるわけじゃないんだから。仕事人のユミさんを見ても冷めたりしないよ」
「冷める所か、惚れ直したりして」
「無きにしも非ずだね」
「ね、マサトの実家の方って紅葉はキレイ?」
「高校を卒業するまでずっと住んでいたから、紅葉がキレイって感覚はあまりなかったな。秋になったら葉っぱが赤や黄色に変わっていくなんて、当たり前の事だったからね。こっちの人のように敢えて紅葉ツアーなんて、あまりしないし。するとしても温泉がメインで紅葉はおまけみたいな」
「季節が当たり前に目の前に来るなんて素敵よね。それが本来あるべき姿なのにそうじゃないなんて。田舎に引っ越そうかな」
「その時は、僕もついて行くよ」
「時間の流れに沿って毎日を過ごすなんて、当たり前なのに贅沢な事よね。不便さなんてそのうち慣れちゃうし。私の仕事なんて、どこでだってできるし。私のね、尊敬するデザイナーって普段は南フランスの田舎暮らしなの。でも、NYのコンペに出展しても賞を持っていっちゃうような人なの。憧れちゃうな。あ、何よ、バカにした顔して」
「してないよ。いや、なんかさ、ちゃんとした肩書きをもって雑誌に載っちゃうような人なのに、これからインテリアデザイナーを目指す子のような顔して、憧れちゃうな、なんて言うから。世の中にはね、ユミさんを目標にしてる子だっているんだよ」
僕は発売されたばかりのインテリア雑誌を指先で軽く叩いた。
「私だって、がんばってるもん」
「わかってるよ。だから、鬼の仕事人だってかまわないって言ってるでしょ」
「鬼って、言うな」
軽く僕を睨む振りをする彼女。彼女の苦労と努力をすべて知っているわけではないけれど、僕は彼女の理解者でありたいと思う。そして、彼女には僕の一番の理解者であってほしいと思う。
「ね、マサトは京都のもみじって見た事がある?」
「秋に京都に行った事はないな」
「京都のもみじってね、ただの赤じゃないの。特別な赤なの」
「特別な赤?」
「赤にね、ほんのり金色が入ってるの。ああいう由緒ある場所だから、その雰囲気がそう思わせるのかもしれないけれど、私にはそう見えるの」
「赤にほんのり金色か。すごくキレイなんだろうね」
「マサトにも見せてあげたいな。あの特別な赤を」
「行こうか、京都に」
「いいの?行きたい」
「今度の休みに行こう。ちょうどキレイな頃なんじゃないかな」
「うん。やった!」
「だから、ちゃんと行けるように仕事を終わらせておいてよ」
「大丈夫。死ぬ気でやる。絶対に行くもん、京都。マサトと京都でもみじだ。嬉しいな」
子供のようにはしゃぐ彼女がとても愛しい。
「京都の前に、明日は空けておいてくれてる?」
「OKよ。明日、どこかに行くの?」
「内緒」
「えー、やだ。お楽しみの先延ばしはキライ。ね、どこ?教えて」
「どうしようかな」
「もー、お願いだから教えて。私が不機嫌になる前に教えて」
「ユミさんが好きだって言ってた花を見に行くの」
「私の好きな花?桜じゃないし・・・・今の時期だと・・・・あーわかった!曼珠沙華でしょ?」
「正解」
「艶っぽくて好きなのよね、あの花」
「車でそう遠くはない所に、曼珠沙華の里っていうのがあって。一面、花で真っ赤なんだよ」
「本当に?そんな所があるなんて知らなかった」
「TVでちらっとやっててさ。そういえば好きだっていってたなって思い出してネットで調べたら、今いい時期らしいんだよ」
「マサトと曼珠沙華にもみじ。嬉しいな。こういうね、特別な事はもちろんだけど、マサトといるとね、他愛もない事に幸せだな、うふふって思える事が増えたの。だから、マサトには感謝してる」
「それはね、僕も同じだよ。一緒にいて良かったって事だね」
「うん」
店を出るとまだ雨は降り続いている。
「明日は晴れるかな」
「だめ。雨でも行くの。青い空の下で一面の曼珠沙華もいいけど、雨の中、マサトと相合い傘でみるのも素敵だわ。早く明日にならないかな」
「そうだね。じゃ、早く帰ってお風呂に入って、明日は寝坊しないようにしよう」
「うん」
今すぐにという事ではなく、意思表示というか決意表明として僕は曼珠沙華の中で彼女に求婚しようと思っていた。けれど、僕に見せてあげたいと言ってくれた赤にほんのり金色のもみじも捨てがたい。
さて、どちらにするか・・・・
「どうしたの?」
「ん?なんでもないよ」
彼女が濡れてしまわないように僕は彼女の肩を抱き寄せた。
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